昨夜、かすみ殿から取り上げた小太刀だ、お前がかすみ殿に返せ。なれど、こんな物を二度と使わせるな
承前
「才賀丸配下の腕前はどうなんだ」
小一郎が鷹丸に尋ねた。
「はい、虎丸は両手鎌を武器とします。腕はそこそこなんですが、身軽さが侮れません。一瞬で背後を取り、頸を掻きます。龍丸は僧兵あがりの鉄棒術使いで百斤(60キロ)の鉄棒を軽々と振り回す剛力です。獅子丸は…」
「奴なら知っている。」
小一郎達の話に背を向けていた玄明(重蔵)が鷹丸の言を遮った。
「元は佐竹家の武士だ。鹿島新当流免許皆伝の腕前よ…獅子丸の人斬りはまるで手妻(手品)だ。奴は敵の群れの中をゆっくりと歩く。刀を振っているとは到底見えない。だが、敵は次々と斬られていく。小一郎はどう見立てる…」
「それは多分、居合術だ。新当流の奥義の一つと云われている」
小一郎が玄明の問いに応じた。
「小一郎様、才賀丸の術は更に薄気味悪いのです…」
鷹丸が玄明の顔色を窺いつつ云った。
「重蔵、そう邪険にするな。仲良くとまではいかずとも、この仲間でかすみ殿を取返すんだぜ」
「才賀丸の武器は偃月刀(えんげつとう)だ。かなりの使い手ではあるが、奴の怖さはそれじゃない。だろ…若造、説明しろ」
「そうです。俺も実際に目にしたのは二度しかありませんが…才賀丸は不死身の身体なんです。というか、闘いの間は痛みを感じない体になるのです。腕を斬られようが肩を突かれようが全く動じません」
「まさかそんな馬鹿な…」
「そのまさかが本当なのさ、小一郎。俺が考えるに才賀丸は闘いの前に何等かの薬を飲んで感覚を鈍くしてる」
「だとしても、頭や首、心の臓、腹の急所をやられたらひとたまりないだろうよ。鷹丸、どうなんだ」
「はい、小一郎様、俺の知る限りでは、頭は兜、首は鋼の首当、胴は鎖帷子で固めています」
「だとしても、どこかしら剥き出しの急所があるはずだ」
玄明がさも当たり前だと云わんばかりに
「あるさ、生きてる限り覆い隠せないとこが」
「どこだ…それは……あっ、…そうだな」
「分かったのなら、具体的な策を練ろう。策は小一郎、お前に任せるよ。俺らがいくら考えたとしても、お前の策には遠く及ばん」
小一郎は、しばし沈思黙考したあと、
「この策の肝は、かすみ殿の生還を第一義とする。才賀丸の討滅を主眼としない。俺らは囮となり奴等を引っ張る。その隙に鷹丸、かすみ殿と逃げよ。あとはひたすら結城を目指せ」
「しかし、お二人だけでは…」
「余計な心配無用だ。あとで結城中務太夫氏朝様宛の書状を書く。結城城でそれを大殿に差し出せば良いように引き回してくださる」
小一郎が小太刀を鷹丸の前に置いた。
「昨夜、かすみ殿から取り上げた小太刀だ、お前がかすみ殿に返せ。なれど、こんな物を二度と使わせるなよ」
「万が一にも使わせたら、そん時は必ずやお前を殺すからな」
玄明が発した殺気が辺りの空気を震わせた。
「承知いたしました、玄明様。お約束します」
鷹丸はかすみ自体を抱きしめるように小太刀を胸に抱き、そう答えた。
「俺が考えた策を説明しよう。鷹丸、紙と筆だ」
小一郎は絵図を描いた。三人は、仔細を詰めた上、夜明け前に中田島へ出発した。
次回ヘ続く
※この物語は史実をベースにしておりますが、筆者の創作も多分に盛り込まれております。読者諸兄には何卒ご了承くださいませ。