叛乱 結城合戦 第41話

兄は弟より手強い…弟は狂気で人を殺したが、兄は理詰めで人を殺す…

 

 

 

承前

 

「宮様を離せ…かすり傷ひとつつけてもそのままにはせん」

 常に冷静だった俊世の忿怒(ふんど)を隠さぬ形相は、明王の如きだった。

「フンッ こんな小娘などどうでもよいわ. わしが貰い受けるは結城小一郎とつくばねの玄明の素っ首よ。この小娘を助けたくば、明日未明、丑の下刻(深夜二時から三時)に金峯山寺奥院まで来い。それまでは殺しはせん、安心せい」

 才賀丸は、足掻く貴子の鳩尾に当身を入れ配下の男に投げ渡した。貴子を肩に担いた男が闇に溶けた。そして、才賀丸がひときわ大声で呼ばわった。

「わかったな…玄明、もうそこらあたりに潜んでおるのであろうが…」

 才賀丸の頭上に切っ先をかざした黒い塊が落ちてきた。

 才賀丸が横っ飛びでかわした。

「ヒャヒャ…やはりいやがったな、玄明…お前の考えなどお見通しよ。こっちの引き際を狙ったのであろうが…」

 小一郎と才賀丸の間に玄明が素早く身を入れた。

「狂犬のくせに舎弟の仇討ちとは殊勝だな、ただ、少女を質に取るやり口は狂犬のままだがな。それにしても久しいな、才斗丸…」

 全身から全ての殺気を消して玄明が云った。小一郎には判っていた。この無防備に見える態は、心底から憎悪している者に向ける態であると…

「承知した。今宵参るで…はよぅ帰れ」

 玄明は犬でも追い払うように掌を払った。才斗丸はムッとしたが嘲笑を残し闇に溶けた。

 

 小一郎に与えられた座敷に四人が車座になっていた。

 日野俊世、並びに嫡子俊見、結城小一郎友成、つくばねの玄明。

 身分差を慮った小一郎が、俊世に上座を勧めたが、

「礼など無用。…このような評定をしておる場合ではない…すぐにも金峯山寺へ…」

 俊世は語気荒げて立ち上がった。

「父上…まずは冷静におなりくださいませ。」

「俊見、貴様よくもしれっとした顔が…不忠者め…」

 父は腰に指した扇子で嫡子の肩を強(したた)かに打った。

「わたくしを打って貴宮様をお救いできるとお思いなら幾らでもお打ちなされませ…」

 俊見は真っ向から父を見据えて云った。

 俊世は我に返って不承不承ながら車座に戻った。

「奴は何なんだっ、中田島で死んだのではないのか…」

 今度は小一郎が玄明に食ってかかった。

「お前まで…苛立ってどうする」

 玄明は目前の白湯に口をつけた。必然、座の皆が玄明の次の句を待った。

「奴は才斗丸といってな…才賀丸の双子の兄貴だ」

 小一郎は目を瞬いた。

「箱根乱破の総領家に二人は生まれた。承知のように双子は犬腹として忌まれるだろう。で、経緯は知らぬが、弟の才賀丸が総領として箱根に残り関東管領家の走狗になった」

「兄の才斗丸は京の京兆家の走狗になったというわけか…」

 と小一郎が受けた。

「俺は、あの兄弟と時折、乱破働きをしたが、才斗丸は弟より手強い…弟は狂気で人を殺したが、才斗丸は理詰めで人を殺す…依って、仕事に誤(あや)がない」

「あの狂犬どもの生い立ちなどどうでもよいわ。第一義は宮様の安否と如何にお救いするかだ。手だてはあるか…」

 俊世の膝が玄明に詰め寄った。

 俊世は、味方でありながら最後まで様子見に回った玄明に不信感を持ったと小一郎は察した。

 南朝の股肱として生きてきた従四位下侍従日野俊世の処世の限界だった。命の現場で手筋を全て晒すは愚であり、常に隠し玉を用意しとかねばならない。

「それが勇夫(いさお)に必要な武略なのでしょうね。騙し騙されの世界では騙される者は明日の陽の目は見られない。…卒爾ながら…父上、私は玄明殿の分別は間違っておらぬと愚考致しまする」

 日野俊見は、賀名生に逼塞(ひっそく)を余儀なくされてから成長した男だけあって父より思考が柔軟で視野が広かった。

(この男、武だけでなく見識も高い…使えるな。ぜひとも結城に同道したいものだ)小一郎は玄明に目配せした。玄明は小さく頷いた。

「俊見様には宮様救出に何らかの策をお持ちでしょうか」

 玄明の問いかけに俊見は目を閉じた。考え事をする時のこの男の癖なのか…声にならない呟きをしばし続けた。

「俊見殿…如何か…ございましょうや」

 業を煮やした小一郎が俊見の方に向き直り、軽く頭を下げた。

「しばし…待たれよ」

 俊見は小一郎を掌で制した。さらに呟き続けた後、俊見は満面の笑みを浮かべ、こう云った。

「貴宮様の御救出は相成りました。この手筈でいきましょう」

 俊見を中心にして小一郎達が寄り集まった。

 丁度合わせたように金峯山寺の梵鐘が亥の刻(午後10時)を告げた。鐘の音がいつもより峻厳に聴こえたのは小一郎だけではなかったはずだ