叛乱 結城合戦 第7話

我等がこの関東に望むは、動乱ではない。秩序と安寧だ。そうであろう!各々方 私が起つは、我が一族のみの安寧ではない。関東に住まう全ての民草の安寧である。

承前

永亨十二年(1440)七月 鬼怒川河畔 初陣

 

 白糸褄取威大鎧(しらいとつまどりおどしおおよろい)と黒韋腰白威筋兜(くろかわこしじろおどしすじかぶと)に身を包み、牛目貫(うしめぬき)を脇に差し、右手に大喰(おおはみ)を突き上げた第五代鎌倉公方・足利朝氏の初陣、初名乗であった。

 

「皆の者!我に続けー」

 朝氏は駆ける。

 味方の鞭声も敵の叫喚も最早何も聴こえない。河岸から凡そ一町(約100m)を天馬を御する如くに。

 些(いささ)かの躊躇(ちゅうちょ)も無く敵陣に躍り込む。ただ、湯浅五郎が傍らにいるのを感じながら。

 雑兵が下から槍を突き上げてくる。朝氏は馬上にて雑兵の肩口から胸元に刀を突き通す。微かな抵抗をも感じさせず貫けた。いかさま大喰は誠に名刀であった。

 罪人の死体や獣で試し斬りをした経験がある朝氏であったが、生身の人間を斬るのは初めてだ。

「御所様、臆したり迷ってはなりませぬ。戦場では命取りとなります。血に狂いなされ」

 朝氏の太刀筋に生人を斬る惧(おそ)れを観て取った五郎が叱咤する。

 恥じた朝氏は大喰の柄をしかと握り直す。

 朝氏に大身の武者が馬を寄せる。

鎌倉公方だと、ワッパ、ふざけるのもたいがいにせい。謀反人の小倅のくせに、素っ首刎ねてくれる」

「何たる暴言!無礼者、名を名乗れ」

 憤怒で五郎の形相が弾けそうになって怒鳴る。

「謀反人に名乗るも勿体無いが、あの世行きの土産によっく聞けえぃ。関東管領上杉兵庫頭が家人、武蔵国荏原郡司 番場明健(ばんばあきたけ)。参る」

「第五代鎌倉公方足利朝氏、参る」

 一騎打ちする二人の周囲に半径五間(約10メートル)ほどの空きが作られる。足利朝氏の手並みが如何ほどかは、敵味方関係なく興味深いのは当然だった。固唾を呑んで成行を見守る。ただ、湯浅五郎だけが直ぐさま助太刀できる距離に詰めている。

 番場は、片手上段、朝氏を誘うために切先で円を描く。

 一方、朝氏は、手綱から手を離し、小刀牛目貫も抜き二刀遣い、腿で馬体をきつく挟んで安定を取る。

「ハイヤッー」

 掛け声とともに番場が馬腹を蹴る。馬は嘶(いなな)きを上げ朝氏へ突進。

 朝氏も馬腹を蹴り番場へと。

 二人が交差する。

 番場の片手上段が煌めく。

 朝氏の大喰と牛目貫がそれを受ける。

 番場の力任せの刀が大喰の鍔元まで振り下ろされる。

 朝氏は顔を真っ赤にして耐え忍ぶ。

「ワッパ、往生せい。苦しまぬようあの世に送ってやる」

 すかさず五郎が駆け寄ろうとする。

「五郎、助太刀無用だ!」

 朝氏が五郎を制止する。

 番場の力が更に増す。刃が朝氏の顔に触れんばかりだ。

「ソレソレ、鼻を落とすか、それとも、耳を削ぐか、一気に頸を掻っ切ってやろうか。好きなのを選べ」

 血走った番場の眼に狂気が孕む。

「朝氏ー!馬の腹を三度蹴れー」

 持朝の声が乱戦の喧騒の中で聴こえた。いや、聴こえた気がした。

 だが、朝氏は疑わない。間髪入れず馬腹を両足で三度蹴る。

 馬が後ろに退く。

 満身の力をいなされた番場が前につんのめる。

 番場の盆の窪が朝氏の眼前に…

「今だ、刺せー」

 また持朝の声。すかさず牛目貫で刺し貫く。

「ふぐっ…」

 番場の口より鮮血が溢れ出る。

「ワッパ……み…ごと……じゃ…」 

明健の体がゆらりと傾き馬からずり落ちる。

 朝氏の顔は返り血で朱に染まる。

急ぎ馬を寄せてきた五郎が、

「あっぱれな初陣並びに初手柄、お見事ございます」

「ああ…、これで私もやっと武士の仲間入りだな。だが、嫌な感触だよ、五郎…」

「これより後に御所様が御自ら手を下すなどありえないかと存じまする。御所様は将兵にご下命なさる立場ですから」

「そうか、更に気が重いな。自分で望んだ道だがな…」

 

 同じ刻(とき)、阿見小一郎は三人の足軽を相手に闘っていた。

 足軽戦法の基本は三位一体である。

 武芸の心得など無い足軽がいくさ場で生き残り、あわよくば敵を討ち取りいくさ稼ぎするには、多人数で一人と闘うしかない

 三人の内二人は十分に大人だ。妻も子もいるだろう。一人はどう見ても十五、六歳くらいか。

「お前達はどこからかり出されてきたのだ。在所はどこだ?身内は?」

 彼等の得物は、使い古された駄槍だった。腕も小一郎の相手ではないだろう。せめて、遺髪を身内に届けてやろう。

「そーたごだぁ、どうでもいいだよ。それより、この場に身ぐるみ置いでいげ。したっけ、命だげは助げでやっペ」

 刀を鞘に納めて、その場に落ちている槍を小一郎は拾い上げた。槍の柄を真ん中あたりで圧し折る。在所を言わぬなら殺す訳にもいかない。柄でこっぴどく痛めつけるくらいにしておくと決めた。

「そこの小僧、かかって来るなよ。そこで大人しく見とけ。動けなくなったこいつ等を在所まで頼むぞ」

 小一郎は小僧にそう声をかける

「そっちだって若造ぐせしてカッコづげんじゃねえ。ほら太三、いっせいにいぐっぺ」

「ほいさ、文次、おりゃ右がらいぐぅ。太三、左にまわれ」

 年嵩の二人が間合い詰めて来る。小僧は大人しく成り行きをうかがっている。

「あいづは当でにならん。意気地なしがっ」

「オリャー」

 太三が槍を突き出してくる。穂先にハエが止まるような突きだ。

 太三の鳩尾(みぞおち)に柄を入れる。力などいらない。自ら突っ込んでくるのだから。

 声も無く白目がひっくり返る。そして、崩れる。

「まだやるか」

 文次と呼ばれた男はイヤイヤをしながら後退り、ついには逃げ去った。

「こいつを連れて行け。わかったか。小僧」

「どこの誰だがもしんねえ。勝手に仲間にされだだげだ」

「おめはどこの在所だ?帰るどごあるのが?」

「お侍さんも常陸の在がいね」

 ついつられて在所の言葉がでた。武家言葉がになじんでもう忘れたと思っていたが。

「おらにしたっけ侍なんかではねえ。元は阿見の猟師の小倅よ。おめたぢど同類だ」

 小僧は、幾分安堵した表情を見せる。

「名はなんと言うんだ」

「香介」

「ほうー、なかなか雅な名だな 父がつけたのか」

「わがらね。そう書がれだ紙ど一緒に寺にかっぽられだ」

「香介、もう二度と戰さ場になど来るなよ。土ともに生きればいい」

 穏やかだった香介の顔が一変する。

「ふざげんな。俺だぢが戰さ場に出んのは食うだめだ。侍共が勝手に戦さして田畑荒らす。だのにしっかり年貢はハネる。俺だぢは好ぎで殺し合ってなんか無え。生ぎるだめにごうするしか無え」

 小一郎は、唖然として走り去る香介を見る。

 鎌倉公方だの関東管領だの、彼等には悪でしかないのだと小一郎は思いながら…

 

 

 朝氏の初陣初手柄で勢いを得た結城軍は、敵軍を鬼怒川際に追い込んだ。二百はいた兵は五十もいない。その上、肝心の関東管領上杉清方は残兵にはおらずとうに脱出していた。

 朝氏、持朝、広朝が馬首を揃えて土手の上からその様を見下ろしている。

「さて引導を渡すか」

 広朝が殲滅の下知を下そうとする。

「待て、それには及ばぬ。退き口を空けてやれ」

「いらぬ情では…」

「我等がこの関東に望むは、動乱ではない。秩序と安寧だ。そうであろう!各々方 私が起つは、我が一族のみの安寧ではない。関東に住まう全ての民草の安寧である」

 持朝等は打たれたような感銘に包まれた。

 朝氏を亡主の遺児として尊重している。だが、どこか朝氏を主君とは思えないこれまでの持朝等面々であった。

 持朝、広朝を始めとする騎馬武者達は皆一斉に下馬し、朝氏の馬前に跪き頭を垂れる。

 広朝はそれまで振るっていた采配を朝氏に捧げる。

 馬上からそれを受け取った朝氏は左右に大きく振り下命する。

「囲みの南西を空けよ」

 取り囲んだ味方兵の南西の人垣が開く。

 疑いが残兵の動きを止めたが、一塊が逃げ走ると大きな塊が一気に逃げ去って行く。

 最後に騎馬武者が一騎だけ残った。下馬し拝跪している。

鎌倉公方足利朝氏公に申し上ぐる。拙者は相模国新井城主三浦介時高と申す。お父上足利持氏公とは図らずも敵対致したが、家臣としてお目通りも致した。朝氏公の凛々しき御姿を冥府にてさぞ寿(ことほ)いでおられましょう。ご武運長久を願い奉る。これにて御免」

 三浦介時高は、馬に跳び乗ると駆け去った。

 

次回ヘ続く

※この物語は史実をベースにしておりますが、筆者の創作も多分に盛り込まれております。読者諸兄には何卒ご了承くださいませ